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すまいる君が行く!、地域の取り組み、イベント

松本ハウスがやってきた

統合失調症がやってきた
ハウス加賀谷(著)
松本キック(著)
定価(本体1300円+税)
イースト・プレス
2013年8月

「松本ハウス」というコンビ名に聞き覚えはありませんか。松本キックさん、ハウス加賀谷さんが1991年に結成したこのコンビは、またたく間に人気となり、数々のバラエティー番組にレギュラー出演するなど、一躍人気お笑いコンビとなりました。しかし、人気絶頂の中、突如芸能界から姿を消したのは1999年のこと。ハウス加賀谷さんが抱えていた病「統合失調症」の悪化が原因でした。
コンビ解散、精神科閉鎖病棟への入院を経て、2009年に見事復活を遂げた松本ハウス。2013年に発表された単行本『統合失調症がやってきた』には、加賀谷さんの半生とコンビ復活までの軌跡が松本さんの視点を交えながら詳細に綴られており、大きな話題となりました。
今回の「すまいる君が行く!」は特別企画として、ハウス加賀谷さん、松本キックさんのお二人に単行本では書ききれなかったエピソードを含めてお話を伺いました。

統合失調症を知ってほしい

-まず、『統合失調症がやってきた』という本を書こうと思われた理由について教えてください。

松本ハウス1

松本キック(以下 キック):2011年に『バリバラ』(NHK)という番組の統合失調症特集で加賀谷を取り上げていただきました。その時の反響はとても大きくて、当事者の方からは復帰して頑張って仕事をしている加賀谷の姿に「勇気をもらいました」といっていただいて嬉しかったのですが、当事者やその身近にいる人たちを除けば、世間の人たちはまだまだ「統合失調症ってなに?」というのが現状だと思います。ですから、自分たちが経験したことをお伝えして、もっとこの病気のことを知って欲しいと考えていたことが一つの理由です。実は、以前もいくつか執筆の話をいただいていましたが、その時はまだ自分たちのことを本にまとめられる段階ではないと感じていました。これについては後ほどお話させていただきます。

ハウス加賀谷(以下 加賀谷):僕のとりとめのない話をキックさんがこの本にまとめてくれました。僕は自分で体験したことしか話せませんが、この本を通じて統合失調症のことを少しでも多くの方に知っていただければ嬉しいです。

病気のはじまり

-加賀谷さんは中学生のときから自分の臭いについての幻聴に悩まされてきたそうですが、診断名がついたのはいつ頃だったのですか。

加賀谷:中学生の頃から、誰もいっていないはずなのに「臭い」という声(幻聴)が聞こえるようになりました。これを自己臭恐怖というそうですが、そのために思春期精神科のクリニックに通院していました。でも、毎回、「これを飲みなさい」とお薬を出されるだけで病名を教えてもらったことはありませんでしたね。2000年に精神科閉鎖病棟に入院した時にはじめて「統合失調症」という病名を聞いたのですが、その病院の主治医によれば、中学生の頃の「臭い」という幻聴が統合失調症の発症ではないかということでした。

-統合失調症とはじめて聞いた時はどう思われましたか。

加賀谷:当時は「統合失調症」という名称が使われ始めたばかりでしたから、それが「精神分裂病」と呼ばれていた病気のことだと理解するのに少し時間がかかりました。でも、以前からクリニックに通院していましたし、薬を飲む生活をしていて、なんらかの精神疾患があるのだろうと思っていました。病名を聞いても「ああ、やっぱりな」という感想しかなかったですね。

キック:ある精神科の先生によると、思春期という多感な時期に病名を告知してしまうと重く受け止めかねないのであえて病名は伝えないという考えもあったようですね。

-松本さんはいつごろ病名を聞いたのですか。

キック:退院後、電話で聞いたと思います。そもそも精神的な病気をもっていることをカミングアウトして人前に立っていましたから、聞いたことのない病名だとは思いましたが、驚きはありませんでした。

加賀谷:キックさんと出会った当初、病気のことはクローズ(明らかにしないこと)にしていました。でも、あることがきっかけで精神疾患の薬を飲んでいることがバレてしまってからは、トークなどでもそれをネタに昇華するようになりました。お客さんに笑って受け入れてもらえたときにはホッとして、「ここが自分の居場所だ」って思いました。

思い込みで体調を崩す

-テレビ番組のレギュラー出演など、まさにひっぱりだこの人気になって、忙しくなると同時に、ご自分で服薬を勝手にコントロールして調子を崩してしまったようですが、当時の服薬に対する考え方を振り返ってみていかがですか。

松本ハウス2

加賀谷:その頃は主治医の指示をまったく守っていませんでしたね。本当は決められた種類・量を飲まなくてはいけなかったのに「今日はコレとコレを飲もう」というように勝手にチョイスしていましたから。当時、基本的に薬は飲みたくなかったんです。だから飲まなくても調子がいいと感じたりすると、「薬なんて飲まなくても大丈夫なんだ」と思い込んでいました。でも、確実に調子は悪くなっていたんです。今は服薬コンプライアンス(主治医の指示通りに薬を飲むこと)を守って、生活サイクルに気を配って暮らしていますから、自分で体内の薬物血中濃度が分かりますね。

キック:ほんまに分かるんか(笑)。

加賀谷:いやいや、それくらい気を配っているということなんですよ(笑)。僕を10年間ぐらい診てくれた先生が、「きちんと服薬していれば寛解状態(症状が落ち着いて安定した状態)だから問題ないよ」といってくれたので、きちんと薬を飲むことはしっかり守ろうと思っています。最近は地震が多いので、仕事で出張に行くときには処方されている薬を全部持っていくようにしています。

キック:こういう仕事ですから夜中に仕事があったり、寝なかったり、以前はほんまに無茶苦茶でした。今は夜中に仕事があったら前もって睡眠をとってから仕事に挑むようにしていますし、加賀谷は特に睡眠に気をつけていますね。

加賀谷:実は、僕は睡眠時無呼吸症候群(睡眠中に呼吸が止まったり低呼吸になったりする病気)でもあるんですよ。退院して実家で暮らすようになってから家族からいびきがひどいといわれて分かったんです。今は通院して治療もきちんと受けていますよ。

キック:昔は事務所で泊まり稽古をやると、加賀谷のいびきがうるさくてみんな迷惑するので稽古場の外の階段の上に寝かされたり、倉庫に寝かされたりしていました。倉庫から「ゴォーッ」という声がして、中には一体どんなモンスターがいるんだと(笑)。

自分に合った薬との出会い

-統合失調症の治療目標は症状をコントロールしながら自分らしい生活を送ることにあるといわれていますよね。加賀谷さんは退院後、当時新しく発売された抗精神病薬と出会って症状が大きく改善されたそうですが、どのような変化があったのでしょうか。

加賀谷:一言で言うと「クリアになった」という印象です。以前は、自分の顔に薄い膜が張ってある状態で、人と話をしていてもまるで水の中で話をしているような状態というか、自分の言葉が相手に届いているのかどうかも分からない感じでした。退院後は実家に引きこもって読書ばかりの毎日でしたが、その薬を使い始めてから今度は逆に読書ができなくなりました。世界がクリアになったことで、「あれもしたい、これもしたい」といろんなことに気持ちが向いてしまって、好奇心を取り戻したんですね。急に元気さと明るさを取り戻した僕をみて、お父さんは「潤が躁になった」って驚いていましたし、お母さんも「潤さんに人間らしい心の機微が戻ってきた」と感激してくれました。

-ご自分に合ったお薬に出会ったきっかけについて教えていただけますか。

加賀谷:僕は保健所のデイケアで仲良くなった同じ病気の仲間に新しい薬が出たことを聞いて、「症状がよくなるなら試してみたい」と主治医に薬を変えてもらえるようにお願いしました。先生にダメっていわれるかと思ったんですが、「じゃあ、やってみようか」といってもらえて。合う薬は人それぞれだと思いますが、僕にはその薬が合っていたんですね。今もずっと飲み続けていますが、飲み始めてから日増しに頭がクリアになっていくのを今でも感じています。入院中も退院してからも、大きくなったり小さくなったりしながらずっと消えなかった「いつかは芸人に戻るんだ」という思いは、この薬と出会ったことで毎日を生きる「芯」になって、「これはいけるぞ」と感じたんです。そこからは自分なりに芸人に戻るための準備を始めました。アルバイトやダイエットにも挑戦しました。当時105kgも体重があったので、スポーツトレーナーをしている友だちにアドバイスを貰ってウォーキングを始めました。毎日5時間位、同じルートを歩いていました。

松本キック1

キック:ご近所では有名だったよな。「さっきもあいつ歩いていたぞ」って。

加賀谷:この病気を持つ者の常として予定外のことが起きるのが嫌なので同じルートをずっと歩いていましたから、4年前に復帰したときには75kgまで落とすことができました。今は85kgくらいに戻ってしまいましたが。

-加賀谷さんは身長も大きいですよね。

加賀谷:でも、本当に大きい人と比べると小さいんですよ。

キック:本当に小さい人と比べたら大きいってことやないか(笑)。

-統合失調症の方は、薬の副作用や食生活・生活習慣が乱れがちになってメタボになりやすいといわれていますね。

加賀谷:僕もそうでした。缶コーヒーも好きでしたし、やけになって暴飲暴食することもありました。ダイエットでは歩くだけでなく食事にも気を配るようにして、お母さんに頼んで温野菜をたくさん食べるようにしていました。飽きないようにドレッシングをいろいろと変えてみましたが、結局、一番美味しいのは野菜そのものの味だっていうことに気が付きました。それに、気持ちが疲れてしまうと体に影響が出てきてしまうので、体力をつけるためにスポーツジムでの運動は今も続けるようにしています。

病気でも気を遣い過ぎない

-松本さんは3カ月おきくらい、季節が変わると電話をするというように、加賀谷さんを気遣いながらも、付かず離れず接してこられたようですが、その距離感が絶妙ですよね。

キック:格闘技をやってましたから、「間合い」は得意なんです。(加賀谷さんに拳を向けて)やってみましょうか?

加賀谷:ちょっと、やめてくださいよ(泣)。

松本キック2

キック:精神科の先生や福祉関係の方にも距離のとり方を褒めていただきます。僕の中ではただ加賀谷を焦らせまいと思っただけなんです。加賀谷は負けず嫌いなところがありますし、症状が悪化した原因が仕事でしたから、仕事に直結している人間である僕が連絡することで焦らせてしまうのではないかという心配がありました。加賀谷が辞めるときには、少しでもよくなってほしい、いずれ回復したらどこかで再会して笑い話でもできたらいいなという話をしました。

加賀谷:僕、意外と負けず嫌いなんです。

キック:せやな。友だちが入院したら「早く治せよ」とか「早く退院しろよ」というと思うのですが、加賀谷には絶対に「早く」とはいえませんでした。だから「1年経っても、2年経っても、5年、10年経ってもいい。お前がまたやりたいと思ったらいってこいよ。そしたらまた二人でやればいいじゃないか」っていったんです。まさか本当に10年後にいってくるとは思いませんでした(笑)。11年後だったらどうなっていたか分かりませんよ(ニヤリ)。

加賀谷:僕はラッキーなんですよ。具合が悪かったせいだと思いますが、僕は辞める時のキックさんとの会話は断片的にしか覚えていなんです。

-統合失調症の方を家族、あるいは友人にもっている方は、励まし過ぎたり、遠ざかりすぎたりしてしまって、なかなか松本さんのような距離感を保つのが難しいようです。

キック:昔からスタンスは変わっていないんです。人として最低限の気は遣いますが、病気だからといって気を遣い過ぎるということはなかったですね。

加賀谷:なかなかそれが難しいんですよ。ニュートラルというか、フラットというか、最近分かったんですが、キックさんは天然なんです。

キック:おい(怒)。

お笑い芸人ならなんとかできる

-自宅での療養中、2009年にキックさんのトークライブに出演されたことが復帰への大きなきっかけとなりました。その時の感想はいかがでしたか。

ハウス加賀谷1

加賀谷:嬉しかったですね~。小さなライブハウスでしたが、たくさんのお客さんが集まっていて「加賀谷おかえり」っていってくれたんです。自分で芸人に戻りたいと思っていましたが、10年も経っていましたから、実際の舞台での感覚を忘れていたんです。ですから「これだ、これだ」って感じました。その時は素人の「加賀谷潤」として出演させてもらったので、その後、どうなるかも分からない状態でしたが、キックさんが「とりあえず出てみろよ」といってくれたので頑張りました。

キック:加賀谷から「もう一度芸人としてやりたい」と電話で聞いたときには僕もすごく嬉しかったですね。でも、復帰してまた症状が悪化したら僕は責任を取れませんから、その時はすぐに「やろう」とはいいませんでした。本人がどれだけ本気でやりたいと思っているのか、素人として舞台に立ってみるよう提案しました。舞台では汗だくになりながら一生懸命にお客さんを笑わせている姿を見ることができて、「これならいける」と思いました。

加賀谷:いやぁ、汗かきで得しました。

キック:体質に騙されてたんかい、俺は(笑)。本には復活ライブの登場シーンまでしか書いてありませんが、その後も相当苦労したんですよ。

加賀谷:僕がお笑い芸人に戻りたいと思っていたのは、裏を返せば「お笑い芸人ならばなんとかできる」ということなんです。お笑いから10年間遠ざかっていて、戻るといえば「昔のハウス加賀谷」でした。そのイメージだけが自分の中でどんどん膨らんでいって、いつの間にかなんでもできる天才芸人くらいのイメージになっていました。

キック:タモリさん、たけしさん、さんまさん、加賀谷だな。

加賀谷:いやいや、加賀谷、タモリさん、たけしさん、さんまさん…

キック:ビッグ3よりも上に来ちゃうんかい。

加賀谷:そのくらいのイメージでしたね。

キック:じゃあ、『いいとも』が終わった後の司会の話が来るかもね。

加賀谷:いいとも!

(一同大笑い)

キック:向こうが断るわ(笑)。それはさておき、復活当初から今まで飲んでいる薬の種類と量はまったく同じなんですが、加賀谷はどんどんクリアになってきています。

加賀谷:当初はキックさんが書いてくれた2~3ページの台本も覚えられませんでしたが、今では簡単なものなら2時間くらい稽古すればできるまでになりました。

キック:漫才とかコントとか、言葉のキャッチボールが大事なんですが、感情が平坦化してしまって、気持ちを言葉に乗せるのが上手くできなかったんです。そこで気づいたのは僕も加賀谷も「昔のハウス加賀谷」を追いかけてしまっていたということでした。「お前は今のままでいいんだよ」という言葉は頭で理解できても、体で理解するのに時間がかかるんですね。自分たちがいい意味で開き直れるまでに2~3年くらいかかりました。そういうタイミングで本を書かないかというお話をいただいたわけです。

松本ハウスのこれから

-松本ハウスとして、これからの夢や統合失調症の当事者、ご家族、友人へのメッセージをお聞かせください。

松本ハウス3

キック:民放のトーク番組などに出演させていただく機会があります。統合失調症になってからこれまでのことについて話をするんですが、病名の部分だけはオンエアでカットされてしまいます。病名を放送で出すことはまだまだ難しいみたいです。今の世の中はまだそういった状況ですから、いつかはオンエアで「統合失調症なんです」と普通にいえるようになりたいですね。きっとその先には、そんなことをいわなくてもいいような社会があると思いますから、それに向けて病気に対する理解を深めていただけるよう活動していきたいと考えています。

加賀谷:当初、僕はこの本に「よくある話」というタイトルを考えていました。その理由は、僕は芸人を志してその場所に戻ろうとしてきたからこうして取り上げられていますが、当事者としてはあちこちに「よくある話」だからです。僕には「お笑い」という明確な目標があったから、何度も腐りそうになりながらも、そこに向かうことができました。20代後半からの休養中の10年間は芸人としてとても大事な時期だったと思いますが、「加賀谷潤」の人生にとっては必要な10年間だったと思います。今も服薬は続けていますし、焦ることはないんです。絶対に、腐ったり、諦めたりしちゃダメだと思うんです。漠然としていますが、僕の夢は幸せになることです。日々、充実した毎日を積み重ねていくことでそこに近づいていけるんじゃないかと思うんですよね。

キック:今、加賀谷が「必要な10年だった」といいましたが、そういえる現状があるっていうことがとても素敵なことだと思いませんか。「焦らない、諦めない」というのは当事者の立場の意見としてとても大切なものですし、僕のようにそばにいる人間は当事者の自立を考えて手を出し過ぎないようにすることが大事なのではないかと考えています。

加賀谷:キックさんがもし、「こうやって」「ああやって」という人だったら、僕の中にある自立の芽を摘んでしまうことになってしまったと思います。それに、自立というと親元を離れて一人で暮らすことを考えがちですが、そういうことだけじゃないですよね。親元にいたって自立はあると思うんです。

キック:うん、そうだよね。以前、当事者の方から「私も周りの人たちが笑顔になれるようにやっていきたい」というブログへの書き込みをいただきました。普段の暮らしの中で小さな目標を見つけて、焦ったり諦めたりせずに向かっていけたら、とても素敵なことですよね。

松本ハウス4

統合失調症という困難にぶつかりながらも、夢を諦めずに一歩ずつ進んできた加賀谷さんと、回復を信じ焦らせないように気を配りながら支え続けてきた松本さんに、笑いを織り交ぜながら、10年間を振り返ってお話いただきました。お二人の互いに対する誠実さと「笑い」に対する情熱を感じて、なんだか元気がわいてくるインタビューとなりました。これからも松本ハウスのお二人のご活躍に期待しています。

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