精神病患者が働く本格的なフレンチレストラン

『ほのぼの屋』(京都府東舞鶴)

京都府の北部に位置する舞鶴市。福井県との県境にほど近い、美しいリアス式海岸線が続く舞鶴湾に面する東舞鶴の地に精神障がい者が働く本格的なフレンチレストラン「ほのぼの屋」があります。オープン当初からたくさんのお客さんで賑わう人気のレストラン「ほのぼの屋」におじゃましました。

1.「いらっしゃいませ。ほのぼの屋にようこそ」

舞鶴湾を眼下に眺望できる絶好のロケーション。舞鶴市まちづくりデザイン賞を受賞したという瀟洒な建物がまず目を引く。天井高く吹き抜けた店内は開放感と明るさに満ち、目の前に海が広がるゆったりとした空間は訪れたお客さんをやさしく包み込む。「いらっしゃいませ」とにこやかに応対する従業員にはどこかほのぼのとした雰囲気に溢れている。

ここは精神障がい者が働くフレンチレストラン「ほのぼの屋」。おいしいフランス料理をリーズナブルに、おしゃれな雰囲気で提供する店として、近隣では知らない人がいないほど評判のレストランだ。精神障がい者の働くフレンチレストランとは、どんなところだろう??。そんな興味を抱きつつ取材に訪れたが、実際に働くメンバーの姿を目の当たりにして正直驚いた。接客は礼儀正しく、給仕サービスも丁寧でタイミングが良い。言葉づかいもきちんとしていて、誠実さが伝わってくる。

特に「精神障がい者が働いている」ということを表立って掲げているわけではない。もちろん訪れる客の大半はそのことを知っているが、このレストランにはサービスを提供する側も提供される側にも「精神障がい者がやっているから」という考えは一切ない。ごく一般的なレストランとして営まれ、訪れるお客さんも普通に料理やデザートを楽しみながら優雅なひと時を楽しんでいる。

ほのぼの屋がオープンしたのは2002年4月。「誰もが入りやすく、障害者がお店とともに成長していける商売ができないか」という考えがそもそもの出発点だった。新しい精神障がい者の授産施設を設立するにあたって、作業所の職員とメンバーが考え出した結論がフレンチレストランの経営。「どこの授産施設でもやっていない、自分たち独自のサービスを」という熱い想いが、傍からみて無謀とも思えるフレンチレストランの経営へと衝き動かした。資金集めにも苦労したが、国、京都府、舞鶴市からの補助金に加え、後援会からの援助金、そして市民の方からの募金でなんとかレストラン建設へとこぎつけることができた。そして、かつて京都ロイヤルホテルの総料理長をしていた先代のシェフとの幸運な出会いも味方する。「障害者が自立して働くことができるレストラン」というコンセプトに意気を感じたそのシェフはほのぼの屋の料理長として東舞鶴の地へやって来てくれたのだ。

それからは店のオープンに向けて、シェフ、職員、メンバーたちの奮闘が始まる。なにしろ、接客や調理作業などしたことのないメンバー、職員たちだけに、何をどうしていいのかわからない。そこで、ホテルの接客マナーを教える専門の講師を招いて、あいさつの仕方からテーブルマナーなどの接客のイロハを徹底的に指導してもらった。その時点からオープンまで、わずか3週間足らずだった。なかばなだれ込むようにしてオープンに至った当時の様子を、厨房を担当していたメンバーの六田宏さんはこう振り返る。

六田宏さん(ほのぼの屋メンバー)

みんなレストランの業務なんてやったことがなかったから、本当に大変でした。当時、僕は厨房で調理補助の仕事をしていたのですが、シェフは一流の方ですから仕事についていくだけでも必死でしたね。とにかくお店を無事にオープンさせたいという気持ちだけでみんながむしゃらに頑張っていたという感じでした。
オープンしてみると、当日からお店は大盛況で、正直びっくりしたというのが本音です。ここまでお客さんが来てくれるとは誰も思ってなかったんじゃないですか。オープンから半年間は、ディナーは常時満席で、予約も数ヵ月先まで埋まったりしてましたね。

「もしお客さんがぜんぜん来なかったらどうしよう」。オープン前によぎったそんな不安も一気に吹き飛ばしてしまうほどの大盛況で、来店する車で近くの道路が渋滞したり、駐車場が満車になったり、家族会の方に交通整理をお願いしなければならないほどだったという。

レストランをやりたいという切実な想いが原動力

フレンチレストラン開業のきっかけとなったのは、同じく授産施設として1998年に開業した古本屋のブックハウス「ほのぼの屋」での体験だった。授産施設の職員であり、レストラン「ほのぼの屋」の店長も務める材木淳志氏はこう語る。

材木淳志氏(ほのぼの屋店長)

小さなお店ですが、古本販売を始めたところ、常連さんや近所の方々とメンバーたちが自然な形での触れ合いができたんです。その時に本当の意味でのノーマライゼーション、バリアフリーというのはこういうことなのかと痛切に感じました。むしろ、これまでは施設や障害者の内側に垣根やバリアみたいなものを作っていたんじゃないかと。ですから、障害者側から積極的に地域住民の方々に接することができるようにとレストランの開業を思い立ったのです。

この不景気なご時勢にフレンチレストランなんてやっていけるのかという意見は少なからずあったという。「正直、私たちでさえ確たる自信があったわけではありませんでした。それでも開業に踏み切れたのは、メンバーたちの『レストランをやりたい』という切実な思いと、どうせやるなら一流のお店をという強い意志でした」と材木氏はいう。地域社会に積極的に働きかけていこうという当事者たちの強い想いがフレンチレストラン開業の大きな原動力となった。オープンから 4年が経ち、地域住民から愛されている「ほのぼの屋」は障害者と地域社会とを結びつける大きな架け橋となっている。