精神障がい者がいつでも気軽に立ち寄れる心の自由空間「ユックリン」

(秋田県秋田市)

2.いつでも立ち寄れる場所があるという安心感

2011年3月現在、ユックリンの利用登録者数は秋田市内外の20歳から75歳までの男女210名、月の累計利用者数は270名ほどを数え、開所日からこれまでの累計利用者数は9000人近くにのぼる。登録者の通っている病院やクリニックもさまざまで秋田県内の30施設に及び、登録時に自己申告された病名は統合失調症やうつ病をはじめ20疾患ほどと、利用者層の幅は広い。利用者のなかには、人とのコミュニケーションを求める健常者のお年寄りも含まれており、「ユックリン」がもつ地域の社会資源としての可能性がうかがえる。

商業ビルの2階、南向きに面した一室に開設されたユックリンは、床面積は約33㎡で、ソファとテーブル、それに横になって休むこともできる6畳ほどの畳敷きのスペースからなり、テレビやオーディオ機器、冷蔵庫などが備えられている。

朝10時のオープンに先立ち、利用者が心地よく利用できるよう、ボランティアは麦茶を作ったり、掃除をしたりと準備に忙しい。10時に扉が開くと、「こんにちは」というあいさつとともに、それぞれの利用者が自分の都合で次々とやって来る。利用者はまず、入り口に置かれた名簿に名前を書き入れる。その後の過ごし方はいたって自由で、畳のスペースであぐらをかいてくつろぐ人、ほかの利用者やボランティアと会話をする人、奥のソファで一服する人などさまざま。帰る時間も利用者それぞれだ。クローズの15時近くなると、最後まで残っていた利用者たちも、誰が合図するでもなく、それぞれが使っていた食器を片付け、ゴミを分別し、「さようなら」「ありがとうございました」と元気に挨拶して帰路に着く。

ユックリンでは、スタッフやボランティアも当事者の「伴走者」と位置づけられており、それぞれ立場は異なるもののユックリンの利用者の一人とされている。だから、当事者に対して指示したり干渉したりすることはなく、あくまでも立場は対等だ。スタッフもボランティアも、当事者のお世話をしたりせず、相手が話しかけてきたら傾聴する。なにもせず、ただ一緒の時を過ごすことで利用者が安心と信頼を感じられるように配慮している。

「誰でも気軽に利用できることがユックリンの特長ですので、常連の利用者だけで固まってしまい、新規の利用者が入りづらい雰囲気になってしまわないよう、気を付けています」という藤原さんだが、筆者が取材でお邪魔して昼ごはんをご一緒させていただいた際には、「ご出身はどちらですか?」「趣味はなんですか?」と利用者の方から気さくに声をかけていただき、いつの間にか皆さんの輪の中にすっぽりと入れていただいた。ゆったり、ゆっくりとくつろげるユックリンの雰囲気にはこうした利用者どうしの心遣いが感じられた。

図解! ユックリン

ピアサポートが結びつける人と社会

取材に訪れた日、ソファのある一角では利用者でありピアサポーター(相手と同じ疾患や悩みを抱えた当事者が相談役となること)も務める佐々木弘司さん(67歳)と高橋明紀代さん(40歳)を中心に利用者どうしの会話が弾んでいた。

NPO法人秋田県心の健康福祉会では、2010年5月からピアサポーター養成講座を開始した。病気をして自分が悩んだ経験を生かして利用者がピアサポーターになることで、自信をもって社会とつながっていく一歩になってほしいという願いからだ。ユックリンのピアサポーターは第1期生となった佐々木さん、高橋さんら3名(男性2名、女性1名)。3人のうち、かならず誰かが常駐するようにシフトを組んで相談にあたっており、利用者は、自分が一番話しやすいピアサポーターをみつけて声をかけることができる。ピアサポーターとして活動する日には、心と命のつながりを意味する赤いひもの付いた名札を首から下げて、相談受け付けの目印にしている。相談には予約などは不要で、「赤いひもの名札を見かけたらいつでも声をかけてください」と高橋さん。(赤いひもの名札の写真はありませんか)

高橋明紀代さん(ピアサポーター)

ユックリンには毎日来る人もいれば、ときどき、思い出したようにふらりとやってくる人もいます。私も1年ほど、ユックリンをお休みしていたときがありましたが、いつでも立ち寄れる場所があるという安心感は大きな存在です。それに、つらくなったら畳のスペースで横になって休むこともできる自由さも魅力です。 当初、藤原さんからピアサポーター養成講座のお話をいただいたときは気軽に引き受けてしまったけれど、相手の悩みを打ち明けられるという責任の重さに、「私には絶対できない!」と思ってしまったこともありました。でも今は、ここでうかがった悩みは家に持ち帰らずに、この場所に置いて帰るつもりでお話を聞くようになったので、心に余裕が出てきて、少し自信がつきました。

「ちょっとお話してもいいですか?」と声がかかると、畳のスペースを利用したり、ときには所外の喫茶店などに移動したりして、相談者が話しやすい雰囲気づくりに務めている。相談内容としては、仕事や恋愛、家族も含めて人間関係の悩みがもっとも多く、特に、30歳前後の若い 人の場合には恋愛の悩みが多いという。また病気や医師に関する相談も寄せられるそうだ。ユックリンができた当初から、体調の悪い日を除けば、ほぼ毎日利用しているという佐々木さんは、ピアサポーターになったきっかけを次のように語る。

佐々木弘司さん(ピアサポーター)

相談に乗るというより、話を聞くだけですよ。ピアサポーターになる前から、なんとなく「ちょっと聞いてくださいよ」と身の上話を聞くことが多かったからね。だから、ピアサポーターになったのは自然な流れでした。コツは自分が話し過ぎないようにして、相手の話を引き出してあげることじゃないかな。ただ、あまり相手の距離感に合わせ過ぎると、今度は自分がつらくなってしまうので、自分の距離感とペースを守ることが大切です。

穏やかで明るい笑顔の佐々木さんだが、「以前は、ずっと孤独を感じていて、生きることをやめたいと考えていました」という。「でも、ここに来て話をすることで、同じ悩みをもっている人たちがたくさんいることに気がついたんです。現在、67歳ですが、ここでは37歳になって、みんなとおしゃべりをしたり、ときにはカラオケやボウリングに行ったり、食事を楽しんだりしています。おかげで、生きがいを感じられるようになりました」と微笑む。

ピアサポーターとしての活動にやりがいを感じているというお二人は、今年もまた養成講座の受講を予定している。年1回開催される講座を受講し、サポーター認定を受けた人がその年のピアサポーターとして登録されるからだ。

ユックリン効果

ユックリンに通い始めてからやりがいや希望を見いだし、元気を取り戻した利用者は佐々木さんや高橋さんだけではない。ほかにも、病気の症状自体に改善がみられるケースも報告されている。

「最近は、ユックリンの認知度も上がってきて、ユックリンに行ったほうが回復が早いという『ユックリン効果』が注目され、主治医に勧められてやってくる当事者もかなり増えました。そうすると、利用者は『先生の勧めだから』と安心できますし、その後の通院時には、『ユックリンを利用してみてどうだった?』と医師との会話も増えるようです」と藤原さん。 また、「私のクリニックで、症状は安定しているけれども寂しさが抜けない、いわゆる『うつ』状態の患者さんがいたのですが、薬物療法にあまり効果がみられませんでした。ところが、ユックリンに通い始めてからみるみる元気になって本当に驚きました。この方の場合、病気というよりも孤立感が大きな影響を与えていたのでしょう。このように薬を処方するだけでは回復に結びつかないケースもありますので、薬物療法に加えて社会的なサポートの重要性を再認識しました」と稲村先生。予想していた以上のユックリンの効果に顔もほころぶ。

当事者の自立に向けて

デイケアでも作業所でもない、地域生活訓練の場として精神障がい者支援の新たな取り組みを始めたユックリン。2010年から開始したピアサポーター養成講座は今後とも継続的に実施され、今年も新たなピアサポーターが誕生する予定だ。

「当事者の自立にとって、困ったときに誰かが手を差し伸べて助けてくれるのを待つのではなく、自分から支援を求めて一歩を踏み出す力を養うことが重要になります。ユックリンの扉を開けることは、まさにその第一歩だと思います。会話は他人の中に自分をみつけ、自分の中に相手をみつけ出すことです。ユックリンでその訓練を自然に、繰り返し行うことで、社会と自分がつながっていくのです。これからはピアサポーターが中心になって、たとえば当事者会のようなものを作って情報発信ができるようになれば、それが自立に向けた次の一歩になるのではないかと思います」と藤原さんたちスタッフは静かに期待している。

記事の内容は移転前の取材によるものです。ユックリンは、2011年7月1日より下記住所に移転します。

心の自由空間ユックリン

〒010-0951 秋田市山王6-3-3
共和ビル2階4号室
TEL FAX:018-867-1670